50男の失業生活

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<<   作成日時 : 2016/11/23 14:13   >>

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今日は祝日。
やはり何もしないまま、ただコタツのなかにボーッと座っている私。
何とも情けない。何とかしろ自分・・・

私の失業転職の繰り返しは、決して本意ではないが、何度も繰り返されてきた。
やはり持って生まれた運命なのだろう。
なので、こんな時期は過去に何度もあった。
けど、今回は特に重症だ・・・

1社目のJ社を辞め、3か月経過してから、調査会社のΣ社に入社することができた。
私としては、自らの意志で選び、自らの力で入った会社、また、業務内容にも大変関心を持っていた会社なので、入社できた時は大変うれしく、またワクワクもしていた。
今でも、Σ社に入社したことは後悔はしていない。当時頂いた会社パンフのようなものは今でも大切に持っている。

配属先の仕事は、残念ではあったが退屈な仕事であった。でも、そこには自分としては初めての上司と呼べる人A氏がいたり、顧客対応、情報収集、分析、報告書づくり・・・などなど、J社では経験できなかったことが、多々あった。勿論、色々な不満もあったが、ここで頑張っていこうという気持ちはあった。

しかし、入社2年目だろうか、自分の部署がかなり暇であることがわかってきた。多分、他の部署も仕事量にくらべ、景気は良くなかったのであろう。
いわゆるバブル崩壊の余波である。90年代初頭である。ニュース等では景気が悪いという話はあったが、あまり実感としてはなかった。でも会社の財務状態は良くなかったらしい。

入社2年目だと思うが、部長に呼ばれ、異動をしないかと言われた。
異動先は自分の希望する部署。その時の自分の直属の上司との関係も上手くいっていないことを、部長は知っていたようだし、何よりもその時の自分の部署の仕事量が激減していることをみていたようだ。
勿論私の将来を見据えてくれていたのだろう。「会社が今変わろうとしている。今はいい機会だ。」とのことも仰っていた。
私は、その話を受け入れた。

しかし、念願の部署に移ってから1年ほどで、会社で大リストラが始まる。
その数か月前であったと記憶しているが、当時私は、末席ではあるが組合の執行委員であった。
なので、当時の社長の話を直接を聞くことができた。会社の身売り話である。

社長は、高齢ではあったが大変パワーある方、幹部の人からすれば大変怖い存在のようだったが、大変人情味のある方だった。Σ社を実質築き上げた方である。

社長が言うには、会社の財務状態がかなり悪いこと。自分が身を引いて、信頼できる資産家に会社を譲るということ。会社を身売りしても、雇用は守ってもらうこと。以前から、別会社に身売りの話はあったが、その系列に入ってしまうと、結果的に会社が消されてしまうこと。調査会社は独立した存在であるべきこと。などを仰っていた。

執行部全員がその話を聞かされたが、誰も意を唱える人はいなかった。
ここから身売りに向かっていくのであるが・・・

ただ、結果的に私が入社3年目の冬場には大リストラが始まる。
当時の部長クラス、40代、50代はほぼ面接に呼ばれる。
その中に、まだ30歳に直前の私が呼ばれた。
理由は不明、やはりキャリアの問題なのだろうか・・・
それとも人間的に問題があったのかもしれない。
「あなたは何ができるのですか」のような質問をされる。

結果的に、半数程度の職員が会社から身を引くことになった。
私の懇意にしていた人もいた。
私の場合、結果的に解雇にはならなかった。
本来なら、ここまでプライドを傷つけられれば、自ら辞めていくのだろうが、何もこの会社でキャリアを積めなかった私としては、自ら辞表を提出することはできなかった。
そのうちに、会社のほうから職種を変えて会社に残ってくれとのことだった・・・

役員は一新され、当時の団塊の世代の一部または、それより若い人だった。
なので、その方たちよりキャリアのある人は居づらかっただろう・・・
私の場合も同じ。結果的に仕事はさせてもらえたが、キャリアアップになるような仕事、役割はなるべく避けられた。チャンスもない。残ったと言っても、モチベーションは下がったままだ。
仕事はそこそこあったので、それなりの経験は積ませていただいたとは言っても、蚊帳の外。
結果的に、30代半ば、8年3か月で自己都合で辞めることになる。

私の人生の2度目転機だろう。
リストラの段階で、私の人生が終わっていたのか・・・
その後の行動に問題があったのか・・・
会社にそれでも残るべきだったのか・・・
今にして思えば、色々、その局面で反省すべき点はある。
底力のある人間であれば、乗り越えられた逆境だったのかもしれない。
ここを乗り越えられなかったからこそ、今があるのだろう。

一つ上げるとすれば、会社(実際は当時の経営幹部)からは、蚊帳の外に置かれていたが、仕事仲間とは上手くやっていたと思う。そういう連中ともっと親密にやっていれば時間の解決もあったのかなと・・・

とは言っても、もうΣ社はない。
その後また身売りをし、その会社も他の会社と合併したようだ。
会社とは案外儚いものなのかもしれない。
だから人間がもっとしっかりしないと・・・

今からやり直しができるかわからないが、
よき人生に向かって頑張っていきたい。


2016年11月23日


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