50男の失業生活

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zoom RSS 人生の歯車

<<   作成日時 : 2016/11/16 21:31   >>

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今の自分は最悪の状態である。
いや、まだまだ底があるのかもしれない。

そんなことを日々考えているのだが、自分はいつそういう状態になってしまったのか。
人生をやり直すとしたら、いつに戻ってどうすれば良かったのか・・・
人生の歯車。そんなものがあるとしたら、いつ狂い始めたのか。

自分なりに整理すると、いくつかあるが、まずは1社目のJ社の退社だろう。
思い出したくない悪夢なのだが・・・

J社には、4年弱程お世話になった。
かなり長い期間働いていたと思っていたが、終わってみればこの程度。
もともと父の紹介で入った会社。
普通に考えれば、辞められるはずもない。
失礼な人間だと言われても、返す言葉がない。

J社は私が2期生であるくらいだから、大変若い会社。我儘で子供じみた若者の集まりでもあった。
中間管理職というか、この若者たちの面倒をみてくれたのは、大手企業の出向社員だった。
目の行き届かないところも当然あっただろう。

大規模なシステムの場合、色々な開発会社が共同で参画し、一緒に仕事をする。
私がいたシステムそうだ。
場数や経験の少ない、J社の生え抜きの社員は、他の協力会社の方々にお世話になりながら、仕事を覚えていく。経験の面では劣っていたかもしれないが、皆、基本的には仕事に真面目な奴らばかり、潜在能力もある連中だった。

私がJ社を辞めた最大の理由は、この協力会社の方々と上手くやっていけなかったことに尽きる。
その連中と上手くやっていくのも仕事の一つであったのだろう。

入社当初は、前述の中間管理職の方も身近におられるし、先輩や同僚も大勢いる。
しかし、入社3年目、いきなり新規プロジェクトに、リーダーの肩書をつけられて異動させられる。技術力のない、社会経験の未熟な私にだ。おまけに、新入社員や該当業務未経験の部下をつけられて・・・。急成長する会社の事情もあったのだろう。

相談相手のいない私にとって、潰れるのは時間の問題だったのかもしれない。
とくにJ社は、クライアントから直接受注を受けている立場で、他の協力会社へは発注元の立場だったようだ。
(私のレベルではわからないのだが・・・)
当然、協力会社のベテラン達は面白くないだろう。嫌がらせも相当受けた。仕事に集中しているのかと言いたいほどだった。どこかの会社の部長?は「J社とは仕事したくない」と聞こえるように騒ぐ。そんな状態だ。
短気をおこして、他の協力会社に言いたいことをいう事もできたかもしれない。でもそれは出来なかった、トラブルを起こしたくなかったのである。それが縁故採用の弱さなのか・・・。

4月にそのプロジェクトに送り込まれ、自分にやれるだけのことはやった。秋口には相当厳しい状況だったと思う。人間関係的に・・・。
年末に近づくにつれ、通勤で会社に向かう足が諤々震えてきたことを覚えている。自宅でも、独り言で職場の連中の不満を口にしていたようだ。ほぼ病気状態だったと思う。

辞表を出し、上司の方々と何度も話をした。辞めるべきでないと言われたが、自分の意志は固かった。
それでもストレートに協力会社の方々の悪口は言えなかった・・・

今の自分が、この当時の状況に送り込まれたら、どうするだろうかと、今でも考える。
もう少し上手い方法で、人間関係を構築できただろうか・・・
今でもこのトラウマを乗り越えたいと思っている。
ここを乗り越えていれば、今の自分はなかっただろう。

結論からすれば、自分にその能力がなかったのだろう。
そして、その人生の失敗を、その後の経験に活かせるかである。
活かせているのだろうか?

今、人生の反省をしながら、明日の自分を見出そうとしている。
今更ではあるが・・・

明るい未来に向かって


2016年11月16日


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