50男の失業生活

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<<   作成日時 : 2016/11/13 10:31   >>

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父は昭和3年生まれ。もう90歳になる。
公務員を定年まで勤め上げ、その後外郭団体で働く。

外郭団体で働いている頃だったと思うが、祖父の病気で、何度も田舎(父の実家)に通っていたことを思い出す。(祖父の)痴呆もあって相当苦労をしていたようだ。
70代の頃、大腸がんになり大手術を行う。幸い転移等はなかったようだが、後遺症は未だにあるようだ。人工肛門は避けたものの、今では便に支障をきたしているらしい。

私の目から見ると、祖父は親分肌。大きなことを言う、頼りがいのある人。
逆に、父は心配性、私と同じで、好んで人の上に立つような人ではないと思う。
子供頃の自分から見て、尊敬できるといったタイプではなかったと思う。でも、今の自分からすれば、足元にも及ばない人、誰よりもお世話になった人、そして未だ何も恩返しが出来ていない人である。

父は公務員といっても郵政職員。本来なら、転勤が余儀なくされる。しかし、転勤はしなかったようだ。生涯、事務センター勤めだったと思う。本人の意志だったのか、母の意志だったのか、家族のためだったのかわからないが、自身の出世には大きく影響しただろう。定年まで勤めたと言っても、出世はしなかったようだ。サラリーマンとして満足のいくものだったのか、本人に聞いていないのでわからないが・・・。
確か定年前だったと思うが、「最近自分の直属の上司になった人が、自分より年下だ」ということをぼやいていたことを覚えている。滅多に、そんな話をする人ではなかったので。やはり葛藤があったのだろう。

それでも、自分の歩んできた道を否定することはなかったのだろう。私と大違いだ。
私の高校受験の時は、自分の出身大学の付属校を受験してみないかと言ってきた。結局、受験はしなかったが・・・。
私が大学受験のときは、(私が)気を使って夜間に行って働くみたいなことを言った際、「夜間は夜間だ」と言われ、結局浪人までさせていただいて、普通の大学に入れさせてもらった。その助言や協力がなかったらと思うと、今にしてみれば怖くなる。実は父も夜間の大学を卒業しており、夜間の大学に行く苦労、大学を卒業することの意味を理解していたのだろう。

就職の際も、大変世話になった。もともと、どうしたいのかハッキリしない私に対し、父の縁故の会社の説明会にいってみないかと言われた。
その会社は、情報処理・システム開発の会社である。これからこの分野は伸びると思うとのことを言っていたと思う。当時、四年制の文系大学出身者で、そういう道を選ぶ人は少なかった。35歳定年説のようなものもあり、決していいイメージはなかった。まして、出来たばかりの会社で、この先どうなるかわからないという印象もあった。周りの連中が上場企業に採用される中、劣等感もあったのだろう。

説明会のあと面接。内定は直ぐに出た。父を知っている方々との面接。もう断れる状態ではない。燃焼しきれないまま就職活動が終わった。そこが、私が初めて就職したJ社である。

入社して暫くは割り切れない日々が続いていたと思う。今にしてみれば、それは無駄な時間であり、もっと仕事でも遊びでも思い切りやっていれば良かったと思うのだが・・・。

ある日、自分が仕事している際、本社のBさん(昔の父の同僚、上司?)が、自分の父について話をしてくれた。「大変気持ちの良い人」だと褒めておられた。正直恥ずかしかったが、父が信頼されている人間であることがよくわかった。
同じく父の同僚(上司?)Sさんとも、同じ職場で数年仕事をさせていただいた。色々気をつかって頂いたと思う。年賀状のやりとりも、私がJ社を辞めてから何年も続いた。Sさんがお亡くなりになるまで。
皆、父の人柄をよく知る人物で、自分もその恩恵を受けているのかもしれないとも思った。それは決して悪い意味でなく。

しかし、私は、その父が長年築きあげてきた信頼を、一瞬で踏みにじってしまったのである。J社の退社である。退社には色々理由はあるのだが、父にはちゃんと語れなかった。

父は寂しかったと思う。自分が良かれと思って紹介した会社を子に辞められ・・・。
自分の昔の仕事仲間へも顔向けもできなかったのではないか・・・。

その後、私が立ち直って、しっかり地に足を着けて歩んでいければ良かったのだろうが、結局、次の会社も何年か後に退社。その後、何度も転職をすることになる。
結婚して身をかためることも出来ず。
自分が40過ぎた頃だろうか、仕事に安定しない私に、「もう結婚は無理か・・・」とポツリ。寂しそうだった。

本当に、申し訳ないと思っている。
自分の行動は、親孝行するどころか、親への裏切り行為である。
勿論、自分は好き好んでこんなことをしてきたわけではない。
自分は安定志向の人間、まさかこんな人生を歩むとは・・・。自分でも自分がよくわからないのである。
持って生まれた運命なのか・・・

父から、また祖父から言われた言葉で、自分がよく覚えているのは、「人に迷惑をかけるな」である。自分もそのつもりで人に接してきたつもりだが、私は父や母に迷惑をかけなかったのだろうか、親だから良いというものではない。

最近の父の言葉で強く印象に残っているのは、母の病気や自身の身体の苦痛で苦境に立たされている状況下で、「前に向かって歩いていくしかない」である。勿論、これは自身に対しての戒めの言葉であり、多少自暴自棄の気持ちも入っているのだろう。
でも、私にとってこの言葉は、大変重みのあるものだった。
父が私に示してくれた人生の選択は、結果的に全て正しかった。この言葉もそうなのだろう。

今の自分は、もう取り返しのつかない状況になっている。
それでも、父のこの言葉を糧に、この先も踏ん張っていきたいと思う。

より良き人生を歩んでいくために。


2016年11月13日


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